My war is over -No resurrection-

Tue 09 25, 2007 10:18

エジプト / トルコ旅行 2

1

>8月27日 07:15
起床。バルコニーから川を望む。なんか気球が飛んでた。


洗顔と着替えを済ませて1階へ降り、別の棟にある食堂へ向かう。
この時巨大なプールの脇を抜けた。泳ぎたかったなぁ・・・時間が無くて断念。
ビュッフェ形式の朝食を済ませる。あまり品目は多くなく、写真の様な食事を摂った。

どうも全体的に塩辛かったような気がするが、これは気のせいでは無くエジプト-トルコを通して塩辛い食事が多かった。
ケーキやお菓子などは逆に(同様にというべきか)甘すぎ、辛さも甘さも極端に突き抜けているような感じだった。
朝食を済ませた後は8時半に部屋の外にスーツケースを出しておいて、集合までホテルの外をうろつく事にした。

エジプトの通貨はエジプトポンドで、US$も基本的に使えるようになっている。
ドルは日本でも容易に両替して用意できるが、エジプトポンドは日本では替える事が出来なかったので、ホテルの隣にある銀行で両替してもらう事にする。
余談だが、エジプトの紙幣はめちゃくちゃ汚い。
汚いし何か変な臭いがする。出来ればあまり触りたくは無い類のものだった。
これはまだ綺麗な奴を選んで撮ったものなのだが・・・


外に出るとおっさんが近づいてきて「TAXI?TAXI? Where are you from? Japanese?」とうるさい。
そのおっさんを適当にあしらうと今度は道端の店から青年が飛び出してきて、店の中に入れという。
この時点でもう何か買わせる気満々なのはわかりきっていたが、どうせ暇なので付き合う事にした。
この青年はやたらと馴れ馴れしく(実はこの青年に限らず皆そうだったが)
「Japanese?」
と聞くのでyesと答えると何故か「ニーハオ!」
なんでやねん(´・ω・`)

何か適当な品物を見るとそれを手にとって薦めてくるのだが、たまたま目に留まった(というよりあまりにもダサいので目を引いただけだ)変な絵皿を必死で薦めてくるのには笑ってしまった。
まじめに探してみてもどうも普通にイイと思えるようなものは見つからないので逃げる事にして、ツアーの集合時間に間に合わせてホテルに戻った。
俺自身は殆ど英語は話せないのだが、雰囲気やらで結構なんとなく話は通じるものだと思った。

ここエジプトでは馬車がよく走っており、パカパカという賑やかな足音をよく聞くことが出来た。

しかし賑やかを通り越して喧しい音が別にあった。
それは「パーパパパー」というクラクションだった。
異常に交通のマナーが悪いというか、そもそも信号や車線すらまともに整備されていないのだ。
何台もの車が入り乱れ、我先にと押し合いへし合い、無遠慮にクラクションを鳴らしまくる。
人間よりも車のほうが偉いとみえて、歩行者は文字通り命がけだ。
添乗員さんも「だから歩く時は本当に気をつけて下さいね」なんて言っていた。
この点だけは日本も少しだけ見習うべきだと思った。日本は車が弱すぎるよね。

>27日 09:40

集合時間になり、ツアー客を乗せてバスが向かうは王家の谷。
谷の近くまで来てようやく、俺が勝手に想像していたエジプト像(砂漠の中に石や泥を固めて作った家々の連なる町があるようなw)に近い雰囲気が見えてきた。
しかし、砂漠地帯のような場所でも意外と暑くはない。
気温自体は高いのだろうが、日本と違ってカラッと乾燥しているのが良いのだろうか?
むしろ日本のジメジメした暑さの方が絶対やばいと思う。
事実、俺は今回の旅行の間殆ど汗拭きタオルを使う事は無かった。

これから3日間行動を共にするエジプト人ガイドは日本語が堪能で、特に問題無く説明を理解する事が出来た。
(彼はカイロ大学だかルクソール大学だかの日本語学部出身だそうだ)
と書いておいてなんのだが、この王家の谷で一体何と言う名前の王の墓を見たのか忘れてしまった。メモっておくべきだった・・・

>27日 10:30
王家の谷到着。いくつかの王墓を見たのだが、前述の通り王の名がわからない。



6枚目の乗り物。これは駐車場から谷の入り口までの輸送を行っているもの。
王墓自体は見てしまえば「ふうん、こんなもんか」というある種のガッカリ感があり、ちょっとイマイチな感は拭えなかった。
結局これは後程見学するピラミッドなんかでも同じ感想を抱く事になるのだが。
まぁ世界的に名の知れた建造物なんてのはえてしてそういうものなのだろう。
ドイツの城と違い、あまり内部が広くなくあまり内面を見学出来なかった事もその理由のひとつかもしれない。
外見だけなら写真で見るのと大差ないし。

見学したいくつかの王墓の名前は忘れたが、これだけはやはり忘れられない。
ツタンカーメンの墓だ。

KV62はツタンカーメンの墓を指す。
内部の撮影は禁止だったし、非常に小さな墓で知名度負けしているような墓だったが、まぁ一生に一度くらいは見ておくのも良いだろう。
エジプトではそういう「一度見てしまえばもういいか」というようなものが多かった。
ツタンカーメンの墓はガイドの説明によれば、この王家の谷の中で最も小さな墓であるそうだ。

>27日 11:45 王家の谷出発
>27日 12:10
ハトシェプスト葬祭殿到着。




エジプトでも数少ない(というかただ一人らしい)女性のファラオが建造したもの。
だからといって他の神殿となにが違うという訳でもないのだが・・・
ここはかつてテロがあった場所で、日本人観光客10名を含む63名が死亡、85名が負傷した。
参考:
Wikipedia(ルクソール事件)

この事件は当時ニュースでも見た記憶があり、大丈夫だろうとは思っていても心のどこかでは何とも言えない気分だった。
自分の時は何事も起こらなかったとしても、かつてこの場所でと思うとやっぱり考えさせられるものだ。
神殿自体はスケールがでかいな程度の感想だったが、3500年以上も前にこれだけの規模の神殿を建造できるのだから、女王の権力の絶大さを伺い知れるというものだ。

続く。

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