Thu 09 27, 2007 18:31
TRIGUN最終巻まだー?
25日に撮った中秋の名月。携帯くぉりてぃ。
月光が綺麗に雲に反射してて良かったんだけどなぁ。
雲まったく写ってねぇよw
久しぶりにアウター買った。
今週は期末試験で、今日が最終日だった。
明日は別の科の試験があるので休みである。ひゃっほう。
TRIGUN、次に出るのが最終巻なのだが・・・
いつまで待たせるのだろう。
待ちきれなくてついついWiki見てしまった・・・(ヽ'ω`)
ナイヴズはそんな事になるのか!?想像できねぇ。
逆に発刊が待ち遠しくなったw
Tue 09 25, 2007 10:18
エジプト / トルコ旅行 2
1
>8月27日 07:15
起床。バルコニーから川を望む。なんか気球が飛んでた。
洗顔と着替えを済ませて1階へ降り、別の棟にある食堂へ向かう。
この時巨大なプールの脇を抜けた。泳ぎたかったなぁ・・・時間が無くて断念。
ビュッフェ形式の朝食を済ませる。あまり品目は多くなく、写真の様な食事を摂った。
どうも全体的に塩辛かったような気がするが、これは気のせいでは無くエジプト-トルコを通して塩辛い食事が多かった。
ケーキやお菓子などは逆に(同様にというべきか)甘すぎ、辛さも甘さも極端に突き抜けているような感じだった。
朝食を済ませた後は8時半に部屋の外にスーツケースを出しておいて、集合までホテルの外をうろつく事にした。
エジプトの通貨はエジプトポンドで、US$も基本的に使えるようになっている。
ドルは日本でも容易に両替して用意できるが、エジプトポンドは日本では替える事が出来なかったので、ホテルの隣にある銀行で両替してもらう事にする。
余談だが、エジプトの紙幣はめちゃくちゃ汚い。
汚いし何か変な臭いがする。出来ればあまり触りたくは無い類のものだった。
これはまだ綺麗な奴を選んで撮ったものなのだが・・・
外に出るとおっさんが近づいてきて「TAXI?TAXI? Where are you from? Japanese?」とうるさい。
そのおっさんを適当にあしらうと今度は道端の店から青年が飛び出してきて、店の中に入れという。
この時点でもう何か買わせる気満々なのはわかりきっていたが、どうせ暇なので付き合う事にした。
この青年はやたらと馴れ馴れしく(実はこの青年に限らず皆そうだったが)
「Japanese?」と聞くのでyesと答えると何故か「ニーハオ!」
なんでやねん(´・ω・`)
何か適当な品物を見るとそれを手にとって薦めてくるのだが、たまたま目に留まった(というよりあまりにもダサいので目を引いただけだ)変な絵皿を必死で薦めてくるのには笑ってしまった。
まじめに探してみてもどうも普通にイイと思えるようなものは見つからないので逃げる事にして、ツアーの集合時間に間に合わせてホテルに戻った。
俺自身は殆ど英語は話せないのだが、雰囲気やらで結構なんとなく話は通じるものだと思った。
ここエジプトでは馬車がよく走っており、パカパカという賑やかな足音をよく聞くことが出来た。
しかし賑やかを通り越して喧しい音が別にあった。
それは「パーパパパー」というクラクションだった。
異常に交通のマナーが悪いというか、そもそも信号や車線すらまともに整備されていないのだ。
何台もの車が入り乱れ、我先にと押し合いへし合い、無遠慮にクラクションを鳴らしまくる。
人間よりも車のほうが偉いとみえて、歩行者は文字通り命がけだ。
添乗員さんも「だから歩く時は本当に気をつけて下さいね」なんて言っていた。
この点だけは日本も少しだけ見習うべきだと思った。日本は車が弱すぎるよね。
>27日 09:40
集合時間になり、ツアー客を乗せてバスが向かうは王家の谷。
谷の近くまで来てようやく、俺が勝手に想像していたエジプト像(砂漠の中に石や泥を固めて作った家々の連なる町があるようなw)に近い雰囲気が見えてきた。
しかし、砂漠地帯のような場所でも意外と暑くはない。
気温自体は高いのだろうが、日本と違ってカラッと乾燥しているのが良いのだろうか?
むしろ日本のジメジメした暑さの方が絶対やばいと思う。
事実、俺は今回の旅行の間殆ど汗拭きタオルを使う事は無かった。
これから3日間行動を共にするエジプト人ガイドは日本語が堪能で、特に問題無く説明を理解する事が出来た。
(彼はカイロ大学だかルクソール大学だかの日本語学部出身だそうだ)
と書いておいてなんのだが、この王家の谷で一体何と言う名前の王の墓を見たのか忘れてしまった。メモっておくべきだった・・・
>27日 10:30
王家の谷到着。いくつかの王墓を見たのだが、前述の通り王の名がわからない。
6枚目の乗り物。これは駐車場から谷の入り口までの輸送を行っているもの。
王墓自体は見てしまえば「ふうん、こんなもんか」というある種のガッカリ感があり、ちょっとイマイチな感は拭えなかった。
結局これは後程見学するピラミッドなんかでも同じ感想を抱く事になるのだが。
まぁ世界的に名の知れた建造物なんてのはえてしてそういうものなのだろう。
ドイツの城と違い、あまり内部が広くなくあまり内面を見学出来なかった事もその理由のひとつかもしれない。
外見だけなら写真で見るのと大差ないし。
見学したいくつかの王墓の名前は忘れたが、これだけはやはり忘れられない。
ツタンカーメンの墓だ。
KV62はツタンカーメンの墓を指す。
内部の撮影は禁止だったし、非常に小さな墓で知名度負けしているような墓だったが、まぁ一生に一度くらいは見ておくのも良いだろう。
エジプトではそういう「一度見てしまえばもういいか」というようなものが多かった。
ツタンカーメンの墓はガイドの説明によれば、この王家の谷の中で最も小さな墓であるそうだ。
>27日 11:45 王家の谷出発
>27日 12:10
ハトシェプスト葬祭殿到着。
エジプトでも数少ない(というかただ一人らしい)女性のファラオが建造したもの。
だからといって他の神殿となにが違うという訳でもないのだが・・・
ここはかつてテロがあった場所で、日本人観光客10名を含む63名が死亡、85名が負傷した。
参考:
Wikipedia(ルクソール事件)
この事件は当時ニュースでも見た記憶があり、大丈夫だろうとは思っていても心のどこかでは何とも言えない気分だった。
自分の時は何事も起こらなかったとしても、かつてこの場所でと思うとやっぱり考えさせられるものだ。
神殿自体はスケールがでかいな程度の感想だったが、3500年以上も前にこれだけの規模の神殿を建造できるのだから、女王の権力の絶大さを伺い知れるというものだ。
続く。
>8月27日 07:15
起床。バルコニーから川を望む。なんか気球が飛んでた。
洗顔と着替えを済ませて1階へ降り、別の棟にある食堂へ向かう。
この時巨大なプールの脇を抜けた。泳ぎたかったなぁ・・・時間が無くて断念。
ビュッフェ形式の朝食を済ませる。あまり品目は多くなく、写真の様な食事を摂った。
どうも全体的に塩辛かったような気がするが、これは気のせいでは無くエジプト-トルコを通して塩辛い食事が多かった。
ケーキやお菓子などは逆に(同様にというべきか)甘すぎ、辛さも甘さも極端に突き抜けているような感じだった。
朝食を済ませた後は8時半に部屋の外にスーツケースを出しておいて、集合までホテルの外をうろつく事にした。
エジプトの通貨はエジプトポンドで、US$も基本的に使えるようになっている。
ドルは日本でも容易に両替して用意できるが、エジプトポンドは日本では替える事が出来なかったので、ホテルの隣にある銀行で両替してもらう事にする。
余談だが、エジプトの紙幣はめちゃくちゃ汚い。
汚いし何か変な臭いがする。出来ればあまり触りたくは無い類のものだった。
これはまだ綺麗な奴を選んで撮ったものなのだが・・・
外に出るとおっさんが近づいてきて「TAXI?TAXI? Where are you from? Japanese?」とうるさい。
そのおっさんを適当にあしらうと今度は道端の店から青年が飛び出してきて、店の中に入れという。
この時点でもう何か買わせる気満々なのはわかりきっていたが、どうせ暇なので付き合う事にした。
この青年はやたらと馴れ馴れしく(実はこの青年に限らず皆そうだったが)
「Japanese?」と聞くのでyesと答えると何故か「ニーハオ!」
なんでやねん(´・ω・`)
何か適当な品物を見るとそれを手にとって薦めてくるのだが、たまたま目に留まった(というよりあまりにもダサいので目を引いただけだ)変な絵皿を必死で薦めてくるのには笑ってしまった。
まじめに探してみてもどうも普通にイイと思えるようなものは見つからないので逃げる事にして、ツアーの集合時間に間に合わせてホテルに戻った。
俺自身は殆ど英語は話せないのだが、雰囲気やらで結構なんとなく話は通じるものだと思った。
ここエジプトでは馬車がよく走っており、パカパカという賑やかな足音をよく聞くことが出来た。
しかし賑やかを通り越して喧しい音が別にあった。
それは「パーパパパー」というクラクションだった。
異常に交通のマナーが悪いというか、そもそも信号や車線すらまともに整備されていないのだ。
何台もの車が入り乱れ、我先にと押し合いへし合い、無遠慮にクラクションを鳴らしまくる。
人間よりも車のほうが偉いとみえて、歩行者は文字通り命がけだ。
添乗員さんも「だから歩く時は本当に気をつけて下さいね」なんて言っていた。
この点だけは日本も少しだけ見習うべきだと思った。日本は車が弱すぎるよね。
>27日 09:40
集合時間になり、ツアー客を乗せてバスが向かうは王家の谷。
谷の近くまで来てようやく、俺が勝手に想像していたエジプト像(砂漠の中に石や泥を固めて作った家々の連なる町があるようなw)に近い雰囲気が見えてきた。
しかし、砂漠地帯のような場所でも意外と暑くはない。
気温自体は高いのだろうが、日本と違ってカラッと乾燥しているのが良いのだろうか?
むしろ日本のジメジメした暑さの方が絶対やばいと思う。
事実、俺は今回の旅行の間殆ど汗拭きタオルを使う事は無かった。
これから3日間行動を共にするエジプト人ガイドは日本語が堪能で、特に問題無く説明を理解する事が出来た。
(彼はカイロ大学だかルクソール大学だかの日本語学部出身だそうだ)
と書いておいてなんのだが、この王家の谷で一体何と言う名前の王の墓を見たのか忘れてしまった。メモっておくべきだった・・・
>27日 10:30
王家の谷到着。いくつかの王墓を見たのだが、前述の通り王の名がわからない。
6枚目の乗り物。これは駐車場から谷の入り口までの輸送を行っているもの。
王墓自体は見てしまえば「ふうん、こんなもんか」というある種のガッカリ感があり、ちょっとイマイチな感は拭えなかった。
結局これは後程見学するピラミッドなんかでも同じ感想を抱く事になるのだが。
まぁ世界的に名の知れた建造物なんてのはえてしてそういうものなのだろう。
ドイツの城と違い、あまり内部が広くなくあまり内面を見学出来なかった事もその理由のひとつかもしれない。
外見だけなら写真で見るのと大差ないし。
見学したいくつかの王墓の名前は忘れたが、これだけはやはり忘れられない。
ツタンカーメンの墓だ。
KV62はツタンカーメンの墓を指す。
内部の撮影は禁止だったし、非常に小さな墓で知名度負けしているような墓だったが、まぁ一生に一度くらいは見ておくのも良いだろう。
エジプトではそういう「一度見てしまえばもういいか」というようなものが多かった。
ツタンカーメンの墓はガイドの説明によれば、この王家の谷の中で最も小さな墓であるそうだ。
>27日 11:45 王家の谷出発
>27日 12:10
ハトシェプスト葬祭殿到着。
エジプトでも数少ない(というかただ一人らしい)女性のファラオが建造したもの。
だからといって他の神殿となにが違うという訳でもないのだが・・・
ここはかつてテロがあった場所で、日本人観光客10名を含む63名が死亡、85名が負傷した。
参考:
Wikipedia(ルクソール事件)
この事件は当時ニュースでも見た記憶があり、大丈夫だろうとは思っていても心のどこかでは何とも言えない気分だった。
自分の時は何事も起こらなかったとしても、かつてこの場所でと思うとやっぱり考えさせられるものだ。
神殿自体はスケールがでかいな程度の感想だったが、3500年以上も前にこれだけの規模の神殿を建造できるのだから、女王の権力の絶大さを伺い知れるというものだ。
続く。
Sun 09 16, 2007 10:12
エジプト / トルコ旅行 1
>日本時間8月26日14:40 関西国際空港離陸
9時に自宅を出発し、神戸空港からのフェリーで関空に向かう。
このフェリーは去年のドイツ旅行の時にも利用したが、駐車場は旅行の間無料で車を置いておけるし、関空へのアクセスが楽な上安価なので助かる。
関空では丸善で小説を一冊購入し、オムレツの店で昼飯を食べ、ツアーの待ち合わせ場所へ集まる。
この時食べたオムレツはドリアに近いもので、美味かったが舌を火傷してしまう。
これを読んだ人、食べに行く機会があったら気をつけるべきだ。
なんかサンバ踊りながら巡回してる集団がいた。
なんだったんだろう・・・撮ろうとしたらどんどん近づいてきてうまく取れなかったっぽいw
関空を離陸した後は飛行機の中で退屈な時間を過ごす。
主にバイト仲間から借りた小説を読むか寝るかだった。
TVすら無いなんて、事前に聞いて知ってはいたけどつまんねぇ。
まぁあっても英語わかんないからあんまり見ないのだけれども。
機内食は2回で、間に一度小さな食事が出た。
1回目はビーフorフィッシュ。
ビーフを頼んでみたら超絶に期待外れで、
オカンのフィッシュと交換してもらう。どう期待はずれだったかは多分画像を見たら納得できるだろう。
ちなみにフィッシュは美味かった。
一口食べたビーフは案の定だった。オカンに悪いことをした。
次に出た小さな食事。
食事というにはお粗末、というかおにぎり1個だし。
聞いた事の無いメーカーの製品で、ご飯も硬く不味かった。
外国人に「このクソ不味いのが日本伝統料理(?)のおにぎりか」とか思われたらどうするのか。
もっと考えてもらいたいものだ。マジで。
2回目の機内食はチキンorフィッシュ。
チキンの方は親子丼のようなもので、これは美味かった。
フィッシュはよくわからん。煮込みっぽい。写真撮り忘れた。
蕎麦は悪くは無かったかな。つゆ薄すぎだけど。
先ほどの機内食もそうだが、全部日本製だった。
まぁ日本で積み込んだ機内食なんだし当然か。
エジプト航空らしい機内食は帰りに期待するとしよう。
(エジプト航空の機内食は美味しいらしい)
機内でエジプト入国手続き所に記入する。
何となくパシャリ。
>エジプト時間8月26日22:30 カイロ国際空港着陸(日本時間8月27日04:30)
およそ14時間の空のたび。やっぱりきついものがある。
このカイロから今度はルクソールに続けて飛ぶ。
遅延があり予定より1時間遅れての離陸になった。
以後帰国するまではエジプトでの現地時間で書いていく事にする。
>8月27日 00:30
ルクソールまでは小型の飛行機で行く。空路1時間だから当然か。
パンとケーキだけの軽い機内食が出た。
>8月27日 01:35 ルクソール空港着陸
02:25 バスにて「イシス ホテル ルクソール」到着
なかなか綺麗なホテルだったが、もう夜も遅い上に明日の朝が早いので大してホテルを満喫する事もできず、勿体無かった。
空港でもホテルでも外でもそうだが(当たり前だ)、やはりエジプトというか中東の人は顔の彫りが深く頭身が高く、格好良い人が多かった。
空港等の白い制服も黒い肌に映えて、本当に格好良かった。
もう夜中の2時なのに外を闊歩している人も多く、意外と深夜でも活気がある。
街中の随所に警備員詰め所があって、警備員が常駐していた。
小銃やSMGを構えていて、やはり日本は平和ボケしすぎなんだろうかと思わされるような物々しい雰囲気だった。
シャワーを浴びたりした後ようやくホテルの部屋で落ち着けたのは午前4時を回った頃だった。
明日(もう今日だが)の集合時間は9時半だ。予定よりも遅くなったので集合時間も遅らせる事になったのだが、それでも各自でとる朝食の時間を考えると7時にはおきなければならず、実質3時間程度しか寝られない事になる。
ただでさえ長旅で疲れているのにこれはひどい。
こうして移動だけで1日目は終わる。
9時に自宅を出発し、神戸空港からのフェリーで関空に向かう。
このフェリーは去年のドイツ旅行の時にも利用したが、駐車場は旅行の間無料で車を置いておけるし、関空へのアクセスが楽な上安価なので助かる。
関空では丸善で小説を一冊購入し、オムレツの店で昼飯を食べ、ツアーの待ち合わせ場所へ集まる。
この時食べたオムレツはドリアに近いもので、美味かったが舌を火傷してしまう。
これを読んだ人、食べに行く機会があったら気をつけるべきだ。
なんかサンバ踊りながら巡回してる集団がいた。
なんだったんだろう・・・撮ろうとしたらどんどん近づいてきてうまく取れなかったっぽいw
関空を離陸した後は飛行機の中で退屈な時間を過ごす。
主にバイト仲間から借りた小説を読むか寝るかだった。
TVすら無いなんて、事前に聞いて知ってはいたけどつまんねぇ。
まぁあっても英語わかんないからあんまり見ないのだけれども。
機内食は2回で、間に一度小さな食事が出た。
1回目はビーフorフィッシュ。
ビーフを頼んでみたら超絶に期待外れで、
オカンのフィッシュと交換してもらう。どう期待はずれだったかは多分画像を見たら納得できるだろう。
ちなみにフィッシュは美味かった。
一口食べたビーフは案の定だった。オカンに悪いことをした。
次に出た小さな食事。
食事というにはお粗末、というかおにぎり1個だし。
聞いた事の無いメーカーの製品で、ご飯も硬く不味かった。
外国人に「このクソ不味いのが日本伝統料理(?)のおにぎりか」とか思われたらどうするのか。
もっと考えてもらいたいものだ。マジで。
2回目の機内食はチキンorフィッシュ。
チキンの方は親子丼のようなもので、これは美味かった。
フィッシュはよくわからん。煮込みっぽい。写真撮り忘れた。
蕎麦は悪くは無かったかな。つゆ薄すぎだけど。
先ほどの機内食もそうだが、全部日本製だった。
まぁ日本で積み込んだ機内食なんだし当然か。
エジプト航空らしい機内食は帰りに期待するとしよう。
(エジプト航空の機内食は美味しいらしい)
機内でエジプト入国手続き所に記入する。
何となくパシャリ。
>エジプト時間8月26日22:30 カイロ国際空港着陸(日本時間8月27日04:30)
およそ14時間の空のたび。やっぱりきついものがある。
このカイロから今度はルクソールに続けて飛ぶ。
遅延があり予定より1時間遅れての離陸になった。
以後帰国するまではエジプトでの現地時間で書いていく事にする。
>8月27日 00:30
ルクソールまでは小型の飛行機で行く。空路1時間だから当然か。
パンとケーキだけの軽い機内食が出た。
>8月27日 01:35 ルクソール空港着陸
02:25 バスにて「イシス ホテル ルクソール」到着
なかなか綺麗なホテルだったが、もう夜も遅い上に明日の朝が早いので大してホテルを満喫する事もできず、勿体無かった。
空港でもホテルでも外でもそうだが(当たり前だ)、やはりエジプトというか中東の人は顔の彫りが深く頭身が高く、格好良い人が多かった。
空港等の白い制服も黒い肌に映えて、本当に格好良かった。
もう夜中の2時なのに外を闊歩している人も多く、意外と深夜でも活気がある。
街中の随所に警備員詰め所があって、警備員が常駐していた。
小銃やSMGを構えていて、やはり日本は平和ボケしすぎなんだろうかと思わされるような物々しい雰囲気だった。
シャワーを浴びたりした後ようやくホテルの部屋で落ち着けたのは午前4時を回った頃だった。
明日(もう今日だが)の集合時間は9時半だ。予定よりも遅くなったので集合時間も遅らせる事になったのだが、それでも各自でとる朝食の時間を考えると7時にはおきなければならず、実質3時間程度しか寝られない事になる。
ただでさえ長旅で疲れているのにこれはひどい。
こうして移動だけで1日目は終わる。
Wed 09 05, 2007 13:52
帰国。
2日の夕方、旅行から帰ってきました。
ちょっとトルコでお腹を壊してしんどいので全く無事という訳には行きませんでした・・・
それよりも、旅行の最終日にオカンから重い話を打ち明けられた事のショックがでかい。
家庭の問題なのでブログに詳しく書くのは辞めておきますが、
簡単に言ってしまえば
21年間普通の父親だと思ってた人がろくでなしだったという事。
その事で、ずっと我慢はしていたが離婚したいと思うというような話。
そんな話を聞かされてからもう数日が経つけれど、未だに人事の様だ。
子供たちには隠しておこうと、二人して表面上はまぁまぁ仲良くやってきたという。
20年以上も見てきた父親の姿とは全く違う本当の姿を説明されたって、
にわかに信じられはしないというものだ。
オカンは今の苗字すらがもう嫌でたまらないという。
そんな事言われたって、俺からしたら生まれて以来ずっと親しんできた苗字なんだよな・・・
離婚した場合俺達兄弟はオカンの側につく事になると思うのだが、
そうなると苗字も変える事になるだろう。
錦織(ニシキオリ)という苗字だ。違和感ありありだ。
広島ではそこそこ多い苗字だそうだが、そんなに見かける苗字ではないな。
まぁ、離婚の話はとりあえず俺が東京へ行くまでは保留するとか言っていた。
----
今、酷い風邪をひいている。
普段上半身裸で扇風機をかけたまま寝るのだが、
旅行で疲れた体にはまずかったのだろうか?
それとも夏も終わり、朝が涼しくなってきたからだろうか?
こんなにしんどいのは何年振りかというような状態だ。
おかげで今まで無遅刻無欠席だった学校も、初めて休んでしまった。
旅行の話はまたの機会に書こうと思う。
ちょっとトルコでお腹を壊してしんどいので全く無事という訳には行きませんでした・・・
それよりも、旅行の最終日にオカンから重い話を打ち明けられた事のショックがでかい。
家庭の問題なのでブログに詳しく書くのは辞めておきますが、
簡単に言ってしまえば
21年間普通の父親だと思ってた人がろくでなしだったという事。
その事で、ずっと我慢はしていたが離婚したいと思うというような話。
そんな話を聞かされてからもう数日が経つけれど、未だに人事の様だ。
子供たちには隠しておこうと、二人して表面上はまぁまぁ仲良くやってきたという。
20年以上も見てきた父親の姿とは全く違う本当の姿を説明されたって、
にわかに信じられはしないというものだ。
オカンは今の苗字すらがもう嫌でたまらないという。
そんな事言われたって、俺からしたら生まれて以来ずっと親しんできた苗字なんだよな・・・
離婚した場合俺達兄弟はオカンの側につく事になると思うのだが、
そうなると苗字も変える事になるだろう。
錦織(ニシキオリ)という苗字だ。違和感ありありだ。
広島ではそこそこ多い苗字だそうだが、そんなに見かける苗字ではないな。
まぁ、離婚の話はとりあえず俺が東京へ行くまでは保留するとか言っていた。
----
今、酷い風邪をひいている。
普段上半身裸で扇風機をかけたまま寝るのだが、
旅行で疲れた体にはまずかったのだろうか?
それとも夏も終わり、朝が涼しくなってきたからだろうか?
こんなにしんどいのは何年振りかというような状態だ。
おかげで今まで無遅刻無欠席だった学校も、初めて休んでしまった。
旅行の話はまたの機会に書こうと思う。


