My war is over -No resurrection-

Mon 09 04, 2006 18:40

真面目な話<不登校>

弟がなんかやばい。
前々から家を出る時間になると急に腹痛になってトイレに篭って時間が流れていってそのまま休むというような事は何度かあった。
学校に行きたくない気持ちが身体的に影響を及ぼしたか、腹が痛いというのは実は嘘だという2例が考えられるが、多分両方あったんだろうな。

夏休みという長期休みの後はやっぱり行きたくないという気持ちも一層強くなるのだろう、1日の始業式は登校したものの通常の時間割になる今日、とうとう朝起きてこなかった。

いつもは起きてこない時でも母が起こしに行けば渋々降りてくるのに、今日は起きる事を拒否したらしい。
(拒否したといってもはっきり口に出した訳では無いだろうが)

母が最悪の事態になりはしないかと心配している。
俺という前例があるから尚更なのだろう。
俺も何とも不安で嫌な気持ちだ。
中学2年の夏〜卒業まで不登校だった俺の影響もあるのだろうと考えると遣る瀬無い。
母は経験者である俺に、こういう時どうすべきかとアドバイスを求めてくる。
正直な話、俺にもわからない。
どうすべきかは判らないが、本人は「放っておいて欲しい、何も言わないで休むのを黙認して欲しい」と思っているに違いないだろうという確信はある。
学校に行け、とストレートにであれ遠まわしにであれ言うのは逆効果だろう。
かといって行かなくてもいい、と言ってしまうのは自分で立ち直ってくれるか最悪の結果に一直線か、2極の危険な賭けになる気がする。
何も言わない、というのはどうなのだろう。
見放されたと捉えられるか、見守ってくれていると捉えられるかでどちらにも転ぶ、やはり賭けに近い。
「何も言わないでいてくれ」と思ってはいても、心の中のどこかでは助けを求めているのだ。
多分そういうものだろう。少なくとも俺はそうだった。

---

俺の時はどうだったか。
最初は、トイレに篭って出てこない日が続いたのだっけ。
家を出るべき時間を大幅に過ぎて漸くトイレを出て、車に乗せられて始業時間に間に合うよう学校の傍まで連れていかれる日が増えた。
そのうちにトイレに篭る時間が長くなり、車でも始業時間には間に合わなくなった。
母はドア越しに説得を続け、涙声の日もあった。
そういう時はどうしようもなく悲しくなって、トイレの中で泣いた。
母が泣きたくなる気持ちは良くわかるし、でも俺が学校に行きたくないという気持ちも本当で、どうしたら良いかわからなくなった。
(行きたくない理由については申し訳無いが省略させて頂きたい)
母が諦めてしばらく経ったらトイレから出て、自室のベッドに転がった。(ちなみに自室に鍵はついていない)
何もしないでぼーっと天井を見つめて物思いにふけるか、寝るか、TVゲームをやるか、本(主に漫画)を読むかして過ごした。
たまには体を動かさなければと、誰もいない日中の公園で壁当てをする事もあった。
昼飯や晩飯は母が作ってくれたものを小さくなって食べた。
(自室で食べる事は無くて、今までと同じで食卓を囲んだ)


そのうちに母に諦めが見え始めた。
俺が登校拒否児である事を受け入れつつあった。
そうなると俺もトイレに篭る事はなくなっていった。
日が経つと「ただ学校に行っていない人間」の暮らしになった。
朝か昼に起き、遊び、学校に行かないのと勉強をしない以外は普通の暮らしになっていく。
この頃には母もそれを受け入れていて何も言われる事は無かった。(だからこそこういう暮らしになったとも言える)

登校拒否を受け入れて何も言わなくなった母だけど、一度だけ買い物から泣いて帰ってきた事がある。
買い物帰りに俺と同じ中学生が下校する様子を見かけ、涙が出てきたのだという。
責められたりとかいった事は無かったが、その時の母の様子はそれまでで一番応えた。
その日は晩飯も食べずにベッドに突っ伏して泣いて、泣き寝入りして朝を迎えたのだったか。

そうして学校に行かないだけの生活が続き、中学の卒業が近づいた。
俺自身このままでは駄目だと思っていたのと、先生からの薦めもあって通信制の高校に通う事になった。
その後は月に2回か3回登校して3年間通い、無事に卒業する事が出来た。
それから専門学校に入学して今日に至る。
何とか、一度は外れてしまったレールは今、ほぼ完全に修正されて正しい方向に向かいつつあると自分では思っている。

---

さて、俺の場合はこのような感じだった訳だが、これはなんというか、まだ中学生という早い時期だったから立ち直れた、という感が強い。
既に現在高校2年生である弟はもっと深刻だろう。
俺が学校に行っている間に母が少し話をしたそうだが、
学校に行きたくない理由というのが虐めだとかではなく「勉強が嫌になった」だと話していたというのだ。
弟の性格的に、もし虐められていたとしてもそうとは言わずに他の嘘をついてごまかす可能性は多いにあるし、でも本当に虐めは無くて勉強が嫌なだけなのかもしれない。
それはわからないが、どちらにせよ困った事になった。
父も母も、勉強しろと口うるさく言うタイプではなく、かといって放任主義でもまったく無い。
少なくとも勉強に関しては自分のペースで出来る筈で、だのに勉強が嫌となると・・・?
合点がいかないからこそ「嘘」なのでは?という疑問が隅に残り続けるのだが


俺の時はどうだったか、を書いていたら泣けてきた。
3ヶ月ぶりか。前に泣いたのは誕生日に時計を貰った時、一緒に貰った手紙を読んだ時だった。
「<省略>
そして何より、お母さんの子供に生まれてくれて
本当に ありがとう!!」


あれだけ迷惑かけてきたのにと思うとこっちこそ有難いやら嬉しいやら申し訳ないやらで色々な感情を抑えきれなかったのだ。

買い物帰りに俺と同じ中学生が下校している様子を見かけての下り。
2人の息子が2人とも登校拒否になったとしたらと考えたら、母がどうしようもなく不憫に思えてきて、同時に俺の責任を感じてやっぱり堪え切れなかった。

あぁもう、本当に、どうしたら良いんだろう?

まだわからない。明日はちゃんと学校行ってくれるかもしれない。
心配が杞憂に終われば良いのだが。

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